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 11月12日土曜日に公開される、こうの史代原作、片渕須直監督のアニメ映画『この世界の片隅に』。10月19日にテアトル梅田で行われた、特別先行上映会に参加することができた。クラウドファンディング参加の特典である。チケットを引き換えるとき、劇場の人に「お座席、後ろの方が画面を見やすいですよ」と言われたのを無視して、最前列の座をとった。本編、スタッフロール、ファンディング参加者の一覧が流れて、拍手とともに上映が終了したのち、片渕監督が登場。撮影可とのことであったので、至近距離からカメラを向けた。
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 挨拶する片渕監督。のんさんを始めとする、声優の方々の話を主にされていた。 絵の話も聞きたかったな。
 本編については「ネタバレ禁止」とのことなので、内容に触れずに全体的な印象を書く。アニメとして、絵も、動きも、音も、声も、素晴らしい。本当に素晴らしい。中でも、原作の白黒マンガでは表現できない、色彩の使い方に、繊細さが感じられてとてもよかった。美しく色気のあるシーン、恐ろしく震えるシーン、いずれもアニメならではの表現と思う。お話も、原作の内容をうまく取捨選択し、台詞を追加することで、主題がハッキリし、きれいにまとめられている。「公開最初の土日の入りが勝負」「宣伝をお願いします」と何度も念を押されたが、SNSの類いを一切やっていない私は、場末のブログに書くのが精一杯だ。不甲斐ない。

 さて、ここからは、映画の主題を離れて、軍事オタクで鉄道オタクでマンガもアニメも好きな、私の個人的な書き付けとなる。アニメ監督としての片渕須直のお名前は、「BLACK LAGOON」のTVシリーズで初めて知ったのだが、ある時Twitterで、学研から出ていた「歴史群像太平洋戦史シリーズ」の1冊、「帝国海軍 一式陸攻」(2003年8月刊行)にも関わっておられたことを知り、自分の書棚から該当する本を引っ張り出して確認してしまった。
帝国海軍一式陸攻









 私が高校生の時に、少ない小遣いを工面して買ったこの本は、太平洋戦争における、日本海軍の主力攻撃機を特集したもの。一式陸攻の出撃から爆撃、帰還までを再現した巻頭のCG画像と、一式陸攻の生産全機のバリエーションを追った記事に、片渕須直の名前があった。一式陸攻の爆撃行のシーンは人間の存在感が強く打ち出されており、全部で2446機生産された一式陸攻の細部の差異を執拗なまでに描いた記事とともに、印象に残っていた。片淵監督は軍事マニアで、研究家でもあったのだ。

 そんな監督であるので、『この世界の片隅に』でも、登場人物たちの生きた時代、生活の背景をリアルに、詳細に描くため、すさまじい量のリサーチをされ、画面に反映している。一時停止して画面をゆっくり、じっくり見させてくれ!と何度思ったことか。

 ここからは半ばネタバレになるかもしれない。軍事オタクとしてまず目についたのは、「出入港をすべて記録して在泊する艦艇をリストにした」という、呉軍港にひしめく軍艦群だ。居並ぶ艦影は日々変化し、さらに登場人物たちのセリフにも何気なく艦名が表れて、その時期の戦況を伝える。原作でも重要な役割をもつ、戦艦「大和」と重巡「青葉」(劇中で「甲巡」と言っている)が大きくはっきりと登場し、「日向」「利根」「隼鷹」「飛鷹」、「ドイツからきたUボート」(呂-500だ)、「第十六号特務哨戒艇」(聞き間違いかも知れない。→間違いだった。正しくは「掃海特務艇第十六号」)といった固有名詞がキャラクターから発せられる。映像では、先に挙げた艦に加えて、ぱっと見て特定できたものだけで、「瑞鶴」「伊勢」「榛名」「龍鳳」「天城」など、そのほかに各型の駆逐艦(回天搭載の松型駆逐艦も)や海防艦や輸送艦など数知れず。個別に特定できるように描いているのはすごすぎる。続いて、航空機。ゆったりと飛ぶ九七式大艇、来襲した敵機を迎撃する三四三空の紫電改(機体に帯が巻かれていたので隊長機か)、さらに、B-29F6FF4USB2Cなど、襲ってくる米軍機。いずれも映るのは一瞬だが、妥協なく描かれている。だからこそ、その空襲シーンは、とてつもなく恐ろしい。戦艦主砲の射撃、三式弾による花火、高角砲の着色弾の炸裂、降ってくる弾片、機雷、爆弾、焼夷弾...これはネタバレになるのだろうか?まあ、あくまでディテールであって、ストーリーの本筋そのものではないから、大目にみてほしい。文章の意味がわかる人は、必ず劇場へ観に行くべきだ。わからない人であっても、劇場で観るに値する映画だ。

 さて、もうひとつの私の趣味、鉄道の方。劇中で一番多く登場するのは、広島市電呉市電だ。さすがに戦前の路面電車は守備範囲外なので、詳細はわからないが、電車の屋根のポールとビューゲルが描き分けられていて、集電装置の切り替え時期を表しているのかな、と思わせたりする。また、山陽本線や呉線を行く蒸気機関車牽引の客車列車は、狭窓のスハ32系列で組成されていて、シングルルーフやダブルルーフが混在する。そして、終戦後のシーンでは、整備が追いつかず客車の窓が破れて板張りになっている様子が再現されている。さすがの描写だ。ただ、ものすごい細かいところにケチをつけると、予告編冒頭でも登場する8620形蒸気機関車には、当時あり得ない「門鉄デフ」が付いていて、軌間もなんだか鉄道模型のNゲージみたいに広く見える。また、本来は戦後に完成して呉線で活躍した、側面にC59 164のナンバープレートを装備した蒸気機関車が、戦中のシーンに一瞬、登場した気もする(見まちがいならごめんなさい。→劇場公開後、再度みたが機番読み取れず。戦中型かも。自信なし)。といっても、以上は重箱の隅のどうでもよい部分なので、本編の完成度には微塵も影響をおよぼさない。公開になったら、また劇場に行って確認しないといけない。

 以上、話の本筋を回避して、私が書きたいだけの枝葉末節を書いた。本当はまだまだ触れたいことが沢山あるのだが、あまり書くとそれこそネタバレにしかならない。戦争という巨大な暴力と、それでも続く日常の生活、その世界を隅から隅まで描いた、『この世界の片隅に』は、製作に費やされた膨大な熱量が十分に感じられる、素晴らしい長編アニメ作品になっている。片淵監督の名前を頼りに、クラウドファンディングにて微力ながら作品に協力できたことを、心から嬉しく思う。どうか公開当初からお客さんが沢山入って、上映が長く続くことを望む。

(2016年10月執筆、11月一部修正)